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「んっ・・・・」
目が覚めると、すっかりと辺りは明るくなっている。
見慣れた天井に、見慣れた部屋の中。
自分の家に帰ってきたらしい。
どうやって帰ってきたのだろう?
同窓会の後、弥生達とバーに行って飲んで・・・・
カラオケに行ったまでは覚えている。
だけど、カラオケに行ったその後の事が思い出せない。


目がはっきりと覚めると、急激な喉の乾きが襲ってきた。
水を飲むために、ベットから起き上がると、突如襲ってくる頭痛。

「ったぁ〜ぃ」

フラフラとする、足取りで何とかキッチンまで辿り着く。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出すと、
そのまま、口を付けて身体に流し込んだ。

そしてそのまま、再びベットへと逆戻りして横になる。

夜、一度目が覚めた時に、着信を知らせるランプが付いていたけれど、
知らない番号だったから、間違いか何かだろうと思って掛け直す事もしなかった。


結局、二日酔いで寝込んで、沙希の1日は終了してしまった。




※※※※※※※※※※※※※


月曜日

朝、会社へ行くと弥生がデスクの前にやってきた。

「おはよう、沙希」

「おはよ」

「今日から、仕事漬けの毎日ね。。はぁ〜休み明けの出勤は憂鬱だわ〜」
やってられないわと言う彼女。
ふと、何かを思い出した様に彼女が言う。

「そ〜いえばぁ〜〜〜、あの後どうした?」


「は?あの後って?」

弥生がニヤニヤしながら聞いてくる。
「もぅ、隠しても駄目なんだから〜」

私は意味が分からなくて、眉間にシワを寄せる。
「隠す事なんて、何もないけど?家に帰ったわよ」

私の返答に、弥生の表情がつまらないと言っている。

「なぁ〜んだ、そうなの?私はてっきり谷山と、どうかなってるかと思ってたのに」


「は?何でそこで谷ちゃんが出てくるのよ?」

「え、何でって、アンタ谷山が送っていくって言って2人で帰ったのよ」

「・・・・谷ちゃんが?」

「そうよ、覚えてないの?」


「・・・・・・・・」

無言でいる私に、肯定と取ったんだろう。
弥生は大きくため息をついた。
彼女の話しを大まかに言うと、こうだ。


ダーツバーですでに、出来上がっていた私は
そのままカラオケに行くと、爆音の中1人で眠っていたらしい。
帰る事になって、私を起こしても泥酔してたらしく
困り果ててた所に、彼が送ると、その役を買って出てくれたとの事。


「・・・・あらら・・・・すいません・・・でした・・・」
私が誤ると弥生が、少しムスッとした表情になる。


「ったく・・・・私じゃなくて、谷山にお礼を言いなさいよね」


「・・・・・・・・・」

そうは言われても、彼の連絡先なんて知るはずもない。
私の表情を見るなり
「アンタの連絡先なら、教えておいたわよ。時期に掛かってくるんじゃない?」
と悪びれも無く、彼女が言う。


「・・・ちょ・・・・勝手に教えないでよ」

「アンタの事、すっごく心配してたみたいだし?
それに、彼になら教えても問題ないじゃない?」


「そうだけど・・・・」


「あっちから掛かってこないかもしれないから、念の為
アンタにも」

"はい"
って、小さなメモ用紙を渡される。
どうやら、誰かの携帯のナンバーらしい。
メモ用紙から、弥生に視線を戻すと、



「谷山から預かった」とのお言葉。


驚きで、目が見開く。

「ちゃんと、お礼言うのよ」
と念押しされ、私は頷いた。



ーーーーーとは言え、自分から連絡するのは緊張するものでーーーー
掛けようと番号を表示させては、通話ボタンを押す勇気が出ずに、
4日が過ぎていた。



いつもの様に、役員のお付きを終え
デスクで雑用をこなしていると、ポケットに入れていた携帯が震えた。

携帯を取り出して、ディスプレイを見ると
沙希の肩がビクっと震える。
う・・・そ。
ど、どうしよぅ・・・・
一瞬出るのを迷ったが、意を決して出てみた。


「も、もしもし」

”あ、藤宮さん?谷山だけど”

彼の優しい声が、耳に届く。

”こんにちわ”

「こんにちわ」

”あの後、大丈夫だった?”

「うん・・・ごめんね、迷惑掛けちゃったみたいで」

”ハハ、いいんだ別に”

「ん、家まで送ってくれてありがとう・・・・今度お礼しなくちゃね」

と私が言うと、”じゃぁ、今夜辺りどう?”と聞かれて驚く。


「え・・・今日?」

”うん、予定ある?”

と聞かれ、「だ、大丈夫っ!!・・・・デス」

思わず大きな声が出てしまった。

”ククク、じゃぁ今夜、17時半に、藤宮さんの会社の前で待ってる”

「・・・うん、分かった。じゃぁ、後で」

電話を切った後、沙希の鼓動はヤバイくらいドキドキ言ってる。
信じらんないーーー
まさか、電話が来て、しかもしかも
今夜会う事になろうとは!!

電話が来てからの、仕事にはあまり身が入らずで
ボーッとしている間に、終業のベルが鳴った。

沙希が、化粧室へ行こうと席を立つと、弥生も着いてきた。


化粧室の鏡で、丹念に化粧直しをしたり、
服や、髪の乱れを何度も確認する。

そんな私の様子を見て弥生が話し掛けて来た。

「今日、何かあるの?」


「・・・・え?」



「いや、何だか、すごく気合が入ってるし」

「・・・・実はね・・・」

私は、短く息を吐き出すと、彼から電話がきた事、
今夜会う事になった事を話した。

すると弥生が、嬉しそうに私の背中をバシバシと叩きながら言う。

「やったじゃない!!沙希〜、谷山も意外とやるわね〜」
”このまま、くっついちゃいなさいよ”なんて言うもんだから
思わず、ツッコむ。


「くっついちゃいなさいよって・・・・・何でそうなるかな」

「だって、アンタ谷山の事今でも好きでしょ?」

何処か、確信めいてる様に言う彼女に、私の眉間にシワが寄る。

「好きってね・・・・それは高校までの話しでしょ」

「分かってないわね、アンタは心の何処かで谷山の事忘れられなかったでしょ?」
さっきの、冷やかしてる様な表情では無く、真顔の彼女。

「・・・・確かに・・・・そうかも?・・・でも、今でも好きか?って聞かれたら分からないわ」

「まぁ、自分の気持ちに正直になるのよ」
と言われ、取り合えず頷いておいた。


時計に目をやると、17時28分。
秘書課を出て、エレベータに乗り込むと、
うるさい心臓に手を当てる、
彼が待ってるであろう場所へと向かった。




エントランスを抜け、会社を出ると
黒いスポーツカーに、凭れ掛かる彼を見つけた。

彼の方へと、歩いて行くと、向こうも気付いたみたい。
軽く手を挙げている。
彼の側に行く。

「お疲れさま」
軽く微笑んでいる彼に、私も微笑み返す。

「谷ちゃんも、お疲れ〜」


「何か食べに行こうか」
と言われ、「うん!」と答えた。

「じゃぁ、どうぞ」と助手席のドアを開ける彼。

「では・・・お邪魔します」

私は乗ったのを確認すると、ドアを閉め、
運転席に彼が乗り込んだ。

ジェントルマンだなぁ〜。
思わず、関心してしまう。

「何か食べたい物ある?」と聞かれる。
「う〜ん・・・和食がいいな」
「了解」

しっとりとした、R&BをBGMに、車がゆっくりと発進した。

心地良い音楽を聴きながらも、沙希の鼓動はドキドキしてる。
彼は、運転に集中しているみたいで
横顔をそっと、盗み見る。


て・・・言うか。今さらなんだけれどーーー
この車、BMWだよね?!
それに、スーツもやっぱり安物には見えないし・・・。
一社員でも、こんなに良い暮らしが出来るものなのだろうか?
すると、彼がこっちを見ている事に気が付く。
信号待ちのようだ。

「今日、急に誘ったりして悪かったね」
彼が口を開いた。

「・・・ううん、大丈夫だよ。それより・・・この前は、迷惑掛けちゃってごめんね」

「全然、迷惑じゃないよ。俺が心配だったから、そうしただけの事」
そう言って、ニッコリと笑みを向けられる。
条件反射の様に、沙希の顔が熱くなった。

「う、うん。ありがと・・・」

夜で良かった。。。
明るかったら、絶対顔赤い事に気付かれてた。

何か調子、狂っちゃうなーーー
いや、、、谷ちゃんて昔から、こんな感じだけどさ。
優しそうな雰囲気とか、全然変わらない。

「着いたよ」

不意に言われ、思わず大きな声が出る。

「えっ!?もう!?」

何処かのコインパーキングに着いた様だ。

「こっから先は、少し歩くけど」

車を降り、並んで歩く。
すぐに目的の店に着いた。

「此処?」
と聞くと、「そう、美味しいんだ」と言われ、
へぇ〜と返す。

代官山の、路地裏に入った所に佇むお店。
地下にある様だけれど、ものすごく
小洒落た感じが漂う。

思わず、お店を見て”高そう”と呟いていたようだ。
谷ちゃんが、クスクスと笑っている。

「どうぞ」
と、店の扉を開け、私に入るように促す。

あなた、ほんとジェントルマン




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